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チャリ通と稽古の日々



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武士道エイティーン

2010.03.10(01:52) 162

誉田哲也 著 「武士道エイティーン」 読みました。
武士道エイティーンIMG_0222
三部作の完結? 今日借りてきて,一気読みしました。

16~18まで,全てに言えることですが,読後のなんと清々しいことよ。

43のオッサンの邪念だらけの剣道観が,僅かながら清められたような気がします。

17を読んでも感じたことですが,前作が見事に布石になっていて,パズルのピースが埋まるように話がつながっていきます。

なあ~るほどねぇ!の連続でした。

それにしてもこの作者,よくこれだけ剣道のことを調べ上げたものだと思います。

特に,次の数節に深い感銘を受けました。

一撃で相手の戦闘能力を奪う。相手を殺すのでも,傷つけるのでもなく,また自信も無傷のまま,戦いを終結させるという,理想。そういう戦い方を習得するのが,武道。あたしたちにとっての,剣道。だから全てが稽古。県予選だろうと全国だろうと,一回戦だろうと,決勝だろうと,それは実践ではない。あくまでも稽古。相手も自分も,一撃で暴力を無効にする,そういう一本を学ぶため,開始線に立つ。竹刀を振るう。いわば,誰もが同士。決して敵ではない。

無駄打ちは相手を傷つける。こっちも傷つく可能性がある。だから打たずして攻めるこちらの攻める「気」によって相手を十分に崩し,間違いない機会を捉えて,そこに渾身の一撃を叩き込む

ボクシングをはじめ,多くの格闘技に当然のごとく存在する「ダメージの蓄積」という概念が剣道にないのは,おそらくこのためだろう。冴えのある一撃が唯一無二の目的だから,それ以下のものは数えない。はずれた打突はなかったことにして,次の一撃を試みる。双方が無傷であるという仮定に立ち返って,再び学びのために竹刀を交える。


30年以上剣道をしていても,漠然としか分かってなかった答えが,ここに集約されている気がしました。

誉田先生,ありがとうございました。また,稽古に励みます。
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